翌朝、タルタロスはエンゲーブを出発した。
興味深そうにきょろきょろしているエステルに、得意そうなガイがタルタロスの説明をしている。
やれやれ、と言った表情でそれを眺めていたジェイドの耳に、突如警報音が飛び込んできた。
「二人とも船室に! 衛兵、お二人を守りなさい! あとは打ち合わせどおりに襲撃に備えなさい! 大丈夫です、襲撃の可能性を示唆されたので、腕の立つ者をそろえて有りますから。」
ジェイドの指示で甲板から慌てて移動するエステルの目に、見知った顔が飛び込んできた。
(アリエッタ! 何で?)
アリエッタは何か叫んでいる。
「導師イオンを誘拐したマルクト軍、抵抗を止めておとなしくイオンさまを返す、です!」
眼を見張ったエステルは、アリエッタに大声で呼びかけた。
「アリエッタ! 違うんだ!」
エステルはアリエッタの元に駆け出していった。ガイと兵士が慌ててそれを追う。
思いもかけない所でエステルの顔を見たアリエッタが驚愕に立ち竦む。
とっさに、エステルに向かって行った魔物の攻撃を止めさせた。
息を切らせてアリエッタに駆け寄るエステルに、突如横合いから突然攻撃が仕掛けられた。
鋭い回し蹴りがエステルを襲う。
「邪魔、しないでよね!」
「シンク! ダメです。」
仮面で顔を隠した緑の髪の少年だった。
床に転がって攻撃をかわしたエステルに追撃がかけられようとしたその時、少年が譜術で吹き飛ばされた。
深紅の髪がひるがえり、エステルを庇うように前に立ちふさがっていた。
「てめぇ、こいつに何しやがる!」(激高した時の父親の口調がうつっていた)
「ルク兄!」
自分を庇って譜術で吹き飛ばした少年に剣を向けるルークを、エステルは慌てて止めた。
「待って!何か誤解があるんだ!導師はダアトの許可を取って和平の為に同行してるんだよ!」
その言葉に、アリエッタを初めとするオラクルの兵士達が戸惑ったように剣を降ろした。
顔を見合わせている。
『ダアトの兵士たち、剣を収めなさい。これは導師命令です。僕はマルクト軍に誘拐された訳ではありません。・・・剣を収めなさい!』
それを裏付ける様にイオンの声で放送が響き、戸惑いのうちに戦いは収束していった。
甲板に集められたオラクル兵たちに、少し青ざめたイオンが問いかける。
「僕は、正式にダアトの許可を取って同行しています。誰がこの襲撃を命じたのですか?」
顔を見合わせる兵たちの間から、アリエッタが進み出た。
「大詠師モースが、マルクトに誘拐された導師イオンを救い出して、タルタロスの兵を殲滅しろと命じた、です。」
「・・・そうですか。何故こんな事を・・・ 幸い人命は失われませんでしたが、一歩間違えばダアトとマルクトの間で戦争になる所でした・・・」
俯いて唇を噛む導師を見て、こっそりと話し合っていたルークとエステルが意を決したように話しかけた。
「導師、お話が有ります。アリエッタと、そこの・・・シンクも来てくれ。」
一室に集められたイオン、シンク、アリエッタにルークは話し始めた。
一行の責任者であるガイも同席している。アニスも同席を強請ったが、ジェイドに一蹴された。そのジェイドは、自ら扉の前に見張りに立ち、人払いをしている。
「まず・・・俺達はそっくりだろう? 俺はこいつの被験者だ。」
その言葉に、イオンとシンクは息を呑んだ。
「・・・お前達の事も知っている。被験者イオンは俺たちの親友だったから。今、家にはもう一人のレプリカイオン、フローリアンも居るしな。」
驚愕していたシンクは、拳を握りしめると叫んだ。
「何で!僕は何の為に作られたのさ! 『イオン』になれなかった僕達なんて、必要ないじゃないか!」
ルークは真っ直ぐにシンクを見つめた。
「運命を、諦めない為だ。・・・俺たちと『イオン』は、ともに運命と戦う、同志だったんだ。」
泣きそうなアリエッタが言葉を続けた。
「イオンさま、言ってました。最後まで決して諦めないって。・・・僕の兄弟たちに未来を托すって、ルークとエステルみたいになりたかったって・・・」
「シンク、ごめん・・・ザレッホ火山で、お前だけ連れ出せなかったんだ。」
エステルが項垂れた。長い朱金の髪が流れ落ちる。
シンクは瞠目した。あの時、朦朧とした意識の中で自分を抱き起こして回復術をかけてくれた者の、翻った焔色の髪を思い出したのだ。
悄然とするエステルの頭を労わるようにルークが撫でる。まるで本当の兄弟のようだった。
レプリカであるからと言って蔑まれ、利用されて来た自分とは大違いだ。
・・・少し、羨ましかった。
ふっと力を抜いたシンクの横で、俯いたイオンが呟いた。
「僕が本当の導師ではない事も知っていたのですね・・・モースは何故こんな事を・・・」
ルークは話しを続けた。
イオンが知らなかった秘預言の全文と、モースは預言を絶対視するあまりに、マルクトとキムラスカの間に戦争を起こそうとしている事。
被験者イオンは自分たちと協力して、預言を覆す為に動いていた事。
そして自分たちがマルクトと協力して、これから行おうとしている計画を告げた。
それを聞いていたイオンは、決意したように顔を上げた。
「だから本当のイオンは、預言は指標である、と言っていたのですね・・・僕も、あなたたちに協力させてください。」
面白そうな顔になっていたシンクも賛同した。
「モースの言いなりに動くのは、飽き飽きしてたんだ。あんた達の方が面白そうじゃない。僕も協力してあげるよ。」
「シンク・・・ありがとう、です。いままで言えなくて、ごめんなさい。」
アリエッタが涙を浮かべてシンクに抱きついた。
「ちょ・・・!抱きつかないでよ!分かったから!」
一同の顔に笑みが戻った。
なぜか嬉しそうに赤毛たちの戯れを見ていたガイが話を締めくくる。
「さあ、じゃあキムラスカへ向かおうか。」
「はい、オラクル兵達はどうしましょうか?」
「幸い大事には至らなかった。食料も足りなくなるから、ダアトに帰還させてくれ。」
ジェイドが扉からひょいと顔を覗かせると、言葉を補った。
「ああ、きちんと名簿は取って置いてくださいね。後で調書を取るのに必要ですから。」
「…俺がやるのかい?」
「言いだしっぺにお願いします。私は後始末に忙しいですから。」
「分かったよ。」
ガイはハァと溜息をついた。
ジェイドに口で勝てたためしがない、まだ若い伯爵であった。
導師の護衛と襲撃の証人を兼ねてアリエッタとシンクを残し、オラクル兵を帰還させた一行は、そのままタルタロスでカイツールへと向かって行った。
国境が見え始めた辺りで、空を飛んでくる大きな音機関が見えた。
エステルの顔が輝く。
「あ、アルビオールだ!」
「父上が寄こして下さると言っていた。迎えに来てくれたんだろう。」
嬉しそうに笑ったルークの後ろから、ガイの弾んだ声がかけられた。
「おおっ!あんなの見たこと無いぞ、すごいなぁ、早く乗ってみたいよ。」
楽しそうに並んでいる赤毛たちに混ざってガイがはしゃいでいる。
音機関好きでウマが合ったのか、ガイとルークもすっかり仲が良い。
ルークもエステルも、いままで身分を忘れて笑いあえる友人はほとんどいなかった。
レプリカと言う隠し事をせずにすむ、いつも朗らかに笑いかけてくるガイを嫌えるはずが無い。
三人は昔からの親友同士のように、屈託無く笑い合っていた。
微笑ましげなイオンと、興味無さそうにちらっと見遣るシンクと、嬉しそうなアリエッタがそれを見守っていた。
微笑んだエステルが振り返り、手を差し伸べる。
「行こう!カイツールだよ。」
「はい、です!」
「シンク、僕らも行きましょう!」
「ちょっと、手ぇ引っ張らないでよ!」
イオンに手を取られたシンクはぶつぶつ言いながらも、ちょっと嬉しそうだった。
オリジナルが望んでいた『兄弟』に、きっとなれるかもしれない。
カイツールの国境では、両国のカイツール方面を預かる将軍が揃って待っていた。
アルマンダインとマクガヴァンである。
二人の後ろから人影が進み出た。
「「母上!」」
「シュザンヌ様!」
「お帰りなさい、二人とも怪我は有りませんでしたか?」
息子達と抱擁したルーは、和平の使節一行に向き直り、微笑みかけた。
ガイが進み出て一同を紹介する。
「お久しぶりです、シュザンヌ様。こちらは導師イオンと守護役のアニス、オラクルのアリエッタとシンク、私の護衛のジェイド・カーティス大佐です。」
それに笑みを返すと、ルーは一行に言葉をかけた。
「ようこそ、キムラスカへ。私はシュザンヌ、この国の王妃です。王の代わりにお迎えに参りました。キムラスカは皆様を歓迎いたします。」
両国の国境警備兵が、揃って敬礼をした。
マルクト兵は、和平の使節の為にこんな所まで足を伸ばしたシュザンヌに、驚きつつも好感を持って敬意を表した。そして両国が本気で和平を結ぼうとしている事を実感したのだ。
一行はアルビオールに乗り換えて、バチカルを目指した。
タルタロスとは逆に、興奮したガイと得意げにアルビオールの説明するルークの姿があった。
「すっげぇ! 俺はほんとに空を飛んでるんだなぁ!」
「アルビオールはわが国が誇る音機関だ。」
そこに楽しそうにシュザンヌが口を挟む。
「まだ実用化されたばかりですから、落ちるかもしれませんわねv」
微妙な表情になったガイに、エステルがこっそり話しかけた。
(母上は、実は一番どっか突き抜けた性格なんだ・・・)
(ははは・・・)
そして一室には、捕縛されたティアがキムラスカ兵に監視されて閉じ込められていた。
このままバチカルへと護送され、そこで審議を受ける事になる。
彼女は自分が犯してしまったあまりにも大きな罪に、いまだ気付いた様子は見られない。
ルーはその部屋の方を見ると、こっそりと溜息をついた。
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