閑話 パパの好きな煮込み料理 15話と16話の間辺りです
その日ルークは、中庭で午前中の勉強していた。
シリウスの出した問題をうんうん唸りながら解いていると、珍しくクリムゾンがやって来た。
「父上! 珍しいですね、こんな時間にどうしたんですか?」
「うむ、今日は休みなのだ」
そう言ったきり、逡巡しているクリムゾンに、シリウスが助け舟を出す。
「お茶でもいかがですか?」
「いや、茶はいい・・・・・・シリウス、『アレ』を作ってくれんか」
「ああ、『アレ』ですか。では遅めの昼食にお出ししましょう。 ・・・約束は覚えていらっしゃいますか?」
「解っておる」
会話の意味が解らず、頭をひねっているルークに笑いかけるとシリウスは言った。
「勉強はおしまいです。クリムゾン様が剣の稽古を見て下さるそうですよ」
「ええっ、父上が? やった! ・・・でも何で?」
「それは後のお楽しみです」
クリムゾンとルークが剣を合わせているところに、ちょうどやって来たアッシュも加えて三人で代わる代わる剣を交える。警護の騎士たちが、微笑ましそうに見ていた。
2、3時間もやっていると、さすがにばててくる。
「はぁ、疲れた~けど楽しかった!」
座り込むルーク。アッシュも息を吐きながらこころなしか楽しそうだ。
「いきなりどうしたのですか? 父上」
「うむ。いや・・・あれの煮込み料理が、たまに無性に食べたくなってな」
「シリウスの?」
「ああ。だが、腹が減っている時にこそ美味く感じるのだと言って、身体を動かさないと食わせてくれんのだ」
憮然とした父の顔を見て、思わず吹き出すルークに必死で堪えるアッシュ。
「昔、ホド戦に行った時の事だ・・・」
クリムゾンは語り始めた。
.
「初めに言っておきます。俺は慰安兵じゃ有りません。ちょっかい出されたら反撃しますから、その事で兵士が怪我をしても責任は取れません。それでいいですか?」
ホド戦は膠着状態に陥っていた。あちこちで小競り合いは有るが決定打に欠け、ファブレ公爵は長期に戦場に足止めされていた。
そんな中、料理人が急病になってしまった。
別に美味い物を食べたいというわけではなかったが、食事を作ることに兵を割くのが勿体無かったのだ。あいにく、料理の得意な者は別の戦場に出てしまっている。
胃を膨らませるだけのブウサギの餌の様な食事にクリムゾンは頭を抱えた。
・・・これでは兵の士気が下がる!
そこでふと思い出した。
数週間前に雇った傭兵部隊では、いつも美味そうな匂いがしていた。
貸し出せる者がいるか聞いてみよう。
そしてやって来たのが、前述の言葉を放った10歳ばかりの少年だった。
まだ幼いが、しなやかに成長している肢体に、整った顔立ち。
少年兵を慰安に使う事は戦場では良くある事だった。それを好んでいる者もいる。
にやにやと値踏みするように眺めてくる男たちに、少年は言い放った。
「俺は『氷華』と『双牙』の息子、シリウス。侮辱するなら手足の1、2本は覚悟してください」
そして2日目にしてそれを証明して見せた。
ボコボコにされた数名の兵士の中に立っていた少年には傷一つ無かった。そしてヒールを唱えると何事も無かったように調理場に戻っていった。
料理は美味かった。百数十名もの食事を鼻歌交じりに作っていく。
少年にちょっかいを出す者はほとんど居なくなった。
ある日の事だ。補給が遅れ、食材が足りなくなった。
そこで少年は、普段は捨てていた家畜の内臓を煮込み料理にした。
「こんなものが食えるか!」
ガシャンと壊れる音と罵声が響いて、クリムゾンは表に出て行った。
配られた食事を手に、困惑する者や怒る者、その中で少年は平然と配膳をしていた。
クリムゾンにも皿に入った煮込みが手渡される。
「これはいつも俺たちが食べているものだ。味には自信がある」
得体の知れないそれを、クリムゾンは一口含んだ。
「・・・・・・美味い」
それを聞いて、固唾を呑んで見守っていた兵士達が、それぞれ食事を口に運び始めた。
「あ、美味い」
「見た目よりあっさりした味付けだが、コクがあって美味いな」
皿を投げ出した兵士は、気まずそうに去っていこうとした。そこに新しい皿が差し出される。
「戦うときに腹が減って動けないようでは、兵士失格だ。食べ物が有る時に食べておいてよ」
ぐっと詰まった兵がしぶしぶ皿を受け取る。
それを口に運び、眼を見張った兵士は小声で少年に謝罪した。
「悪かった・・・」
少年は肩を竦め、笑って去って行った。
クリムゾンは、感嘆してそれを見ていた。
そしてそれから、少年とよく話すようになったのだった。
「・・・という事があってな」
珍しく饒舌なクリムゾンの話を興味深そうに聞いていた二人は、かけられた声にびくりとなった。
「サボっているなら、食事は後にしましょうか」
「い・・・いや、つい先程まで激しく稽古していたのだ」
「そうそう! もう、すっげぇお腹空いたよ!」
「・・・ああ」
確かに、とろりとした煮込み料理はとても美味しかった。
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